はじめに

まずは個人製作家のウクレレとはいかなるものなのかについて書いておきたい。たかだか十年やっただけで書ける立場でもないことも重々理解している。あくまで若造の一見解として書いてみたい。個人製作家の楽器と対比されるものはやはりメーカー製だ。私自身の、最新の理解としては昨今のメーカー製ウクレレは素晴らしいものだと思う。たくさんの工員が高品質のウクレレを作るために集約されている場。そこは血と汗の歴史の結晶であることは想像に難くない。バラツキのある木材を画一してグレード分けして作りあげる設備や個々の工員の作業精度は見て学ぶことが多い。では、個人製作家はどうか。これは個人製作家の数だけ違う。それぞれにポリシーがあり、それぞれに譲れない強みがある。同業者にはほんとに学ぶべき点が多い。SNSで投稿されていく彼らの仕事写真の同業の者にしか気づかないような視点からいつも膝を打つヒントをもらっている。中でもやはり凄い人はセイレンの高橋信治さんだ。あの人の凄いところは何か。いろんな意見があると思う。私は信治さんの凄いところはやはり「スマートさ」だと思う。これまで多種多様な世界の木材をあらかた魅惑的なウクレレに変幻させて周囲を驚かせてきた。だから大方のユーザーはそこが信治さんの真骨頂だと持て囃す。しかし信治さんの真骨頂はそこではないと思う。多種多様な木材を使うことだけでも凄い。しかしそれ以上に、目的が、着地点の一点に集約されて簡略化されていることだ。弾いて心地良い鳴り、弾きやすさを引き出すことを着地点にしている。その一点に標準を絞ってあらゆるジグや手段を駆使している技術力にいつも感嘆している。まさに学ぶべきことしかない。たった一人でどうやってあれだけの数を、しかもハイレベルに製作し続けることができるのか。ずっと不思議で仕方なかった。この際、工房にお邪魔してその現場を見せてもらおうと思い一昨年まだ松本にあったセイレン工房を訪ねた。そこで目の当たりにしたものは、ありとあらゆる工程において独自開発したジグ達だ。万力で挟みこむ仕組みのガスホースをボディラインの形に木型につけられているジグはトップバックを同時に圧着できるジグだ。些細な道具の使い道、例えばストロー一本の使い方にしても良い使い道を示してくれる。とにかく効率よく正確に木工を進めるための工夫に溢れている。その成果、というか私との実力の差はウクレレ製作のハイライトである最後の調整の時に顕著に表れる。ウクレレの仕上げはペグを取り付け、ナットとサドルを作り、そして最後にフレットの擦り合わせを行う。そこだ。木工段階でボディトップのラインと指板面までがきっちり見込み通りに仕上げられていればフレットの擦り合わせはほとんど要らない。信治さんの場合、一本につき30秒もかけていない。私は少なくとも二時間はかかる。これはつまり木材の管理からいざ使うタイミングとそれを工作する精度に至るまで一切無駄がない証明だ。だからどんな木材を使っても良い塩梅に仕上げている。




製作の技術力の差は歴然としているが目指す音は近いものがあると感じた。信治さんと私の目指しているそれはマーチンであると言う点では一致している。あくまで想像だが信治さんは故中西氏に師事したことが所以ではないだろうか。マーチンの飾り気のないウォーミングな鳴りに魅了させられこの道を志した製作家は世界に星の数ほどいるだろう。それでも私の、出来る限りを尽くしたいと心から願う。

The "Single-O" story

新企画、ナイロン弦ウクレレ開発ストーリー。これはこれから時間をじっくりとかけて馬蹄ロゼッタに続く新シリーズを生み出していく過程を綴る記録である。2022年、工房開設10周年となり新たな10年を迎えるにあたってこれまで作ってきたものを振り返りこれまでやってこなかったことへの挑戦をしてみたいと思った。これは過去最も理想的なサウンドを紡いでいたスタイル7Mの解体、マーチンのシングルオースタイルにリメイクすることから始める。まずは良い鳴り方をしている個体のメカニズムを念入りに調べ上げることから始め、今後はそれを元に馬蹄に続く新しいデザインのロゼッタを擁する新シリーズを開発していこうと思う。

「究極に心地良いウクレレを作りたい」

2012年の工房開業から二年後の2014年には現行モデルのボディデザインの雛型が完成しました。開発当時のモデルはタイのオータサンスタイルの名手アピラクと一緒に開発した12フレットジョイントコンサートのスタイル4コンサート、その後岸和田のオハナさん向けに14フレットジョイント396ミリのコンサートロングモデルのスタイル6コンサート、14フレットジョイント360ミリスケールのソプラノロングモデルのスタイル7を世に出していきました。さらに2015年には初の14フレット432ミリスケールテナーモデルのスタイル9を発売。2018年12月にマイナーチェンジ、馬蹄ロゼッタの開発、モデル名の変更を経て今に至っております。
特に、2014年から2015年にかけて製作したものはお客様から「ほんとに良く鳴るウクレレ」とお褒めのメールを何通も頂きました。そんなに褒めて頂けるのなら一本自分用に後学のために作ってみようと思い、当時の製作手法で作ったスタイル7Mがずっと工房にあります。6年、7年前のリアルタイムの自分には何故そんなに褒めてくれるのかよく理解していなかったのが本音でした。「何も考えずに普通に作っているだけなんだけどな」ぐらいにしか感じておらず、単純に高評価が続くことが嬉しかった。で、その頃のウクレレが何故、そんなに持て囃されたのかをやっと理解しだしたのがここ最近です。
2014年、2015年頃のものと今のものを比較すると何というか「カラッと」鳴ってるんですよ。経年変化でそうなったんじゃなくて、6年前の完成直後からこの鳴り方してたんです。つい最近まではホンジュラスマホガニーの材質の違いだとずっと考えていたんですがいよいよそのカラクリを知りたくて…ついにそのスタイル7Mを分解することにしたんです。まず指板を剥がし、ネックを抜く。その上でトップを剥がす。そしてその表板を穴が開くほど見て調べてみたんです。すると驚く発見がありました。ボディ外周は1.7ミリ、ブリッジプレートあたり(ブリッジ周辺)はなんと1.6ミリしかない。現行よりも0.2ミリも薄かったんです。つまりマホガニーの材質の違いではなく厚み自体、場所によってさらに薄いという構成があの生まれながらにして馬鹿鳴りドンシャリサウンドを作らせていたんです。
過去の自分に教わるという不思議な体験。そんなことってあるんですね。もっと良くなろう、もっと高いところを目指そうとしていくと、いつの間にか違う場所に向かっていることに気がつかない。あれから7年後の僕はもしかしたら今、そんな状況に踏み込んでいたのかも。バラしてよかった。ただ、現行のウクレレ作りも後々何年か経過してからじゃないと真の評価は分からないのも事実で。光栄なことに、今年納品した個人オーダーについても何通も高評価メールを頂いているのは変わりないんです。あくまでも製作者本人が目指すヴィンテージサウンド、カラっとした鳴り方に舵を切りたいだけの話で。どちらかと言うと現行モデルのサウンドはかなり重厚なもので、よりギターライクなものになっている。それを元の路線に回帰させるべく見直して行きたいんですが製作手法がそもそも数年前までよりも遥かに複雑なものになっているので、そこを当時と同じくらいのさらに薄い表板の中に詰め込もうとすれば尚のこと大変さが増すわけですが…。これまでの経験からして表板が2.0ミリ以上あると「厚い」、1.8ミリから1.9ミリで「標準」、1.7以下で「薄い」といった感覚です。薄いと少ないパワーでも大きな音を出せる反面コシは弱くなる。厚い場合はその反対となる。
いかんせん理想とするサウンド作りのためにはロゼッタのタネの厚みをギリギリの1ミリ以内に押さえて象嵌し、表板の厚みを全体的にコンマ1か2ミリほど落とせればもっと良い結果が得られるはずという仮説が立ちました。

2021.10.12

リビルドを終えてみて

スタイル7Mの解体から始まったこの大掛かりなプロジェクト。通常の製作業務と平行して進めていましたがこのほど仕上がりました。いやぁ〜学んだ。いくつかの、これまで知らなかった「鳴り」のメカニズムがわかってきました。鳴りのメカニズムと同時にそもそも製作者本人である私がどんな音、というかむしろどんなウクレレを一番欲しがっていたのかを具体的に理解できたことが大きかった。今後シングルオーを元に新シリーズを展開していく上で大前提となるその部分からお話させて下さい。

 

 

◉私自身がどんなウクレレを一番欲しがっているのかについて


スッキリとした粒立ちの良さなら針葉樹を表板に。サスティンを加えたいときは比重のあるローズ系の木をサイドバックに。中庸でマイルドなサウンドならマホガニーやコアを。音量が大きい方が良ければボディ自体を軽く大きく。工房立ち上げからもうすぐ十年でその辺までは理解できました。色々やってきた上で、じゃあ最初から目指していたものと現在の物差しがどう違うのかをそろそろ見つめ直すべき時期に来ているのも間違いないわけでして…。





◎百年昔と今では前提が違った


これまで色んな木材でウクレレを作ってきましたがそれら全て、フロロカーボン弦を張ること前提で製作してきました。フロロカーボンは細く張りが強い。いつも使っているオルカス弦のミディアムは繊細かつスッキリしたサウンドです。ウクレレが弦楽器である以上、一番ポイントになってくるのは当然、弦の種類となります。フロロカーボン弦を張ること前提に作るのと、ナイロン弦を張ること前提ではブレイシングの強度が変わってくることを今回初めて体感しました。私が一番愛してやまないオータサンのあのマーティンスタイル3の音を欲しいと思うのならそもそもフロロカーボン前提のボディを作っているうちは一生無理だったわけです。アホだ。うん。とてもアホだ。そこに気がついたきっかけをお話しますね。今回のリビルトが完成してナイロン弦を張っていざ音を出してみたらびっくり。解体前、あんなにドンシャリ鳴っていたスタイル7Mの面影はどこへやら。全く大人しいものに劣化してしまった。そこで三日三晩考えに考えた。どうしてだろうと。表板の板厚自体は1.6ミリまで落とし込んだはずなのになぜ。。ブレイスが邪魔しているのかもしれない、削ってみようと。完成してからブレイシングを削るのはギターであればたまに見かける光景です。ウクレレはまず手が入らない。サウンドホールから豆平鉋を入れてそーっと削る。最後に100番のペーパーを人差し指の腹に両面で張って研磨して整える。もともと6ミリほどの高さがあったトーンブレイスを半分程度まで落とし込みました。すると…三日前の意気消沈が嘘のように逆転。太くあったかい心地よい音。これこれ。これが欲しかった。まんまとうまくいった。知らなかった。ブレイス一本でここまで変わるのか。たまたまうまくいっただけかも知れない。でも足掛かりにはなったのは間違いない。



◎演奏する側からもっと弦を知る必要がある


今回の実験で使ったのはダダリオのEJ65Sでした。そもそもこの弦はアメリカンチューニングで張るためのものなのでレギュラーチューニングではテンションがそもそも低くなる。だからこそ気付くきっかけになったんですが、このあと色々な弦で同様に試したところみんな結果はバラバラでした。これらのことから結論は「弦ごとの特徴や性格を知る必要がある」となりました。弦の特徴を知って初めて最も心地良い豊潤な響きを出すためのサドル形状が決まってくる。ということになります。よくよく弦のパッケージにある記載事項を細かく見てみると適切なテンションを〇〇Kgと実は書いてあることに気がつきます。その数値こそが弦メーカーが推奨する一番美味しい鳴りそのものでむやみやたらに全ての弦を一括りに考えてサドルってのは弦高を下げて弾きやすく、かつ音も最強にしろなんてのはまったく傍若無人な段取りだったわけです。ナイロンとフロロカーボンでは材質そのものが違うので単純な比較は不毛ですが、大方の場合でナイロンの方が太い。なので弦そのもののテンションはキツくなる。しかし炭素入りの硬い材質のフロロカーボンより柔らかいナイロンの方が演奏している身としては(実際にはナイロンの方がテンションがキツいにも関わらず)押弦しやすいという不思議。だから単純に弦の数値上でのテンションだけで弾きやすいかどうかは判断できないことになる。柔らかくて太いナイロンの場合は多少弦高が高くても(仮に12フレットで2.6㎜としても)ハイポジションまで弾けるのに対して細くて硬いフロロカーボンはやはり2.5㎜以下にしないと運指が厳しい。ここで分かるのはナイロンとフロロカーボンではナット、サドルの設定が変わるということ。だからユーザーさんが色んな弦を試したりするにせよそこらへんのセッティングそのままでメーカーの推奨している弦の美味しい張り具合を確実に当てていることはまずないのが現実だと思う。もし可能ならばご愛用のウクレレのサドルをフロロカーボン用のやや弦高低めになるサドルとナイロン用の標準的な弦高になるサドルの二つを使い分けることをお勧めしたい。Amazonやサウンドハウスの弦通販サイトにある口コミはある程度の弦のキャラクターまでは参考になる。それをもとに実際どこまでメーカーの狙っているテンションに近づけられるかが大事。もう一度言うと、フロロカーボンとナイロンを全く同じセッティングで単純に好き嫌いと比べるのはもったいない。私個人の好みはここ数年でだいぶ変わった。工房を始めた2012年当初から長いことフロロカーボン的なキランとしたらシャープな粒立ちの良い鳴りを前提にウクレレを作り続けてきた。これが段々とナイロンの優しい心に溶け込む昔ながらの暖かい音に惹かれるようになってきた。つまりダダリオEJ65のパッケージの謳い文句そのものだ。フロロカーボンはアコースティックギターからウクレレに持ち替えたあとしばらくは遜色なく使える。でもそれがいつしかガットギターの暖かい音をウクレレに欲してくる時がやってきた。当工房のクラシックソプラノやクラシックコンサートが本当の意味でクラシックシリーズに昇華される時が来ている。






次回は今後このリビルド体験を通してどんな展開を考えているのかについてお話します。今回のリビルトはあくまでも理想の音を探すための冒険だったので余計な装飾を一切廃しました。ナイロン弦前提のウクレレシリーズを今後考えていく上でリビルトを敢行して良かったと思います。


・次回、「ナイロン弦ウクレレを作る」に続く

 

 

21.11.22