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愛好家

お久しぶりです。皆様の調子はいかがでしょうか。お陰様でこちらは一家元気に暮らしております。「二月は逃げる」と言いますが早くも如月半ばとなりました。工房ではようやく今年の初モノが完成し、今後ポツポツと新作ラッシュに入って参ります。ポツポツとラッシュって可笑しな表現ですが…。

 






最近朝の仕事前に読んでる本です。ご存知の通り、僕はウクレレと同レベルにカメラが大好きです。この本を読んでいて「やっぱりそうだったのか」と思うこと。楽器とカメラって共通項が多いと思ってたんですよ。観念的な部分で。どちらも趣味性の高い高尚なモノですが、それだけに特に男性にとっては個々人で己にとっての楽器、またはカメラに対する付き合い方に拘りみたいなものってやっぱりありますよね。

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

僕にとっての楽器やカメラは何かって言うと、「道具」です。単に道具ってだけじゃなくて最強に愛用している道具。実際枕元に置いて寝てるモノはいつもその二つ。僕は精神的に不器用な人間なので二股をかける器用さがありません。各カテゴリーごとに好きなものは常に一つだけ。ウクレレはこれしか使いたくない。カメラはこれ…みたいな。ハイとローで最適なものをそれぞれ一機ずつ持てばいいじゃないかって話ですけどそれは違う。何故なら不器用ゆえにハイGを弾いている期間は頭の中から指先までハイG仕様になっているから。反対にローGの期間はそれが全部ローGモード。なので二台ある必要がないんです。ハイもローもどっちも好きですけど何と言うか、別モノとして、違う楽器として捉えているので弾き方から表現する世界まで全然変わってきちゃう。

 

窓越しに小二の長女の登校を見送る母の背中

あ、そんな細かい話をしたいんじゃなかった。

 

自分にとって最も大事なことは大好きなモノと大切な時間を過ごすこと。だから心底惚れ込んだウクレレじゃないと心象風景の奥底の音まで抉り出せないし出てこない。聴いて欲しいのは手数の多さじゃなくてそれ。曲をどう捉えて、それを自分の中の感性や記憶というフィルターを潜った先にどんな色に変化して、それを表現できる「深み」を持った音が出せる道具なのかが重要で。それを作っているつもりなんです。見てくれがカッコいいウクレレなんて二の次というか、一曲弾き終わる前に飽きちゃいます。見てくれのカッコよさよりもシンプルな道具としてまずはあるべきで。変わったヘッドやブリッジとかじゃなくて、存在そのものから音が見えて来るようなウクレレ。富士フイルムのカメラは今まさに目の前に感じている心象風景をだいたいその通りに表現できるから好きなんです。解像感バッキバキのレンズとかじゃなく、aps-cに35mm単焦点レンズレンズ一本だけでも十分にそれを描き出してくれる。ウクレレに至っても道具に求める考え方は同じで、心を捉えきれるものであってほしい。そのために一本一本精魂込めて手作りする仕事。最高です。