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山嗤ふ

 

正岡子規の句

 

「故郷や どちらを見ても 山嗤ふ」

 

山、わらう。春の季語ですね。

 

色のない冬の山々に

 

新しい芽吹き

 

春山の妖精、純白のセリバオウレン。

 

きっと75年前の終戦の年の春にも

 

今日と同じように

 

山野草は可憐に咲いていたはずで

 

 

 

もっと言えばここらを支配していた森蘭丸の時代も

 

もっと前の土岐氏支配下の頃も

 

千年前も万年前も

 

 

同じように咲いていたんでしょうね。

 

 

こちらも春を告げる花

 

ショウジョウバカマ。

 

何かと騒がしい人間の営みを気にするともなく

 

楚々として地に根を小さく張って

 

ただ日を待つ

 

 

工房から車で20分の里山に

 

春を見つけに

 

2時間ばっかり歩いてきました。

山で食べるこれはめちゃウマです。

 

 

昼過ぎに里山を後にして

 

帰りがけに寄ったのが

 

こちら。

 

嘉永3年創業の老舗酒蔵。

 

 

 

創業170年

 

 

しかし歴史に学べと言うけれど

 

ほんとに同じ事繰り返してるんだな

 

 

 

ちょっとリアルにここが蔵開きした頃を順を追ってイメージしてみたいと思います

 

 

 

 

 

「白河の清きに魚も住みかねて元の濁りの田沼恋しき」

 

 

松平定信の寛政の改革からおよそ半世紀

 

老中水野忠邦による天保の改革が1844年に失敗に終わり

 

 

いよいよ明治維新に入っていくという頃

 

 

 

黒船来航三年前

 

安政大地震とコレラの大流行

 

何だか昨今の出来事に似ているような…


1850年だと近藤勇が16歳。勝海舟は27歳!

 

重農主義から田沼意次の改革で重商主義へ

 

拝金主義の蔓延と賄賂の横行

 

政治の腐敗からの脱却を試みた定信の改革の失敗

 

過度の統制を試みて失敗に終わった忠邦の改革

 

そして富士山の大噴火に安政大地震、コレラの大流行

 

度重なる財政の失策と社会不安

 

そして戊辰戦争へ

 

 

 

 

明治という新しい時代を迎える

 

その胎動期の社会変革の痛みというか

 

暗から明へ

 

 

 

差し詰め今は暗に当たるのか否か

 

 

 

 

 

 

 

この酒蔵が楚々として同じ場所で

 

その嘉永3年から令和の今に至るまで

 

幾度かあったはずの暗と明の胎動期を経て尚続いている

 

何代も受け継いで時代を生き抜いていくって

 

とてつもなく凄いことなんだなと

 

昨今の些細な世相にすら感じるわけで

 

 

 

世の中が暗かろうと明るかろうと

 

我が事を全うする矜持

 

世相や他人のせいにしない強さが

 

どんな時代でも生き残っていける魂なんだろうと

 

 

 

 

変わらぬ山の春の営みと老舗の酒蔵に今日思った事でありました。

 

 

 

 

今夜も一人工房で我が事に没頭するのであります。

 

自分の作るものを待っている人がいる

 

それが何より幸せです。

 

ま、そんなこんなで

 

この工房で

 

楚々として楽器を作り続けていきたい

 

そう願っております。

 

 

 

 

 

追記

 

これ晩酌で頂きました。

 

濃厚かつ色彩々な深い味わいで

 

最高に美味い!

 

 

まだまだ地酒巡りは続きます..。


ちなみに日本酒は好きなんですが


焼酎は苦手です。


またまた脱線祭りなデカメロン記事でした(^^)