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三十年のたい焼き

2月頭に製作開始のロットも仕上げに入りました。初めて弦を張って音を出すことを個人的な命名で「初鳴き」と呼んでます。一般に新人のアナウンサーが初めてラジオでニュース原稿を読み上げることを初鳴きと呼ぶそうです。ま、そういう事です。

 

 

 

 

 

近頃の課題と言うか難しいと感じているのはまさにこの作業。ナットとサドルのセットアップ。ナット溝の深さとサドルの高さをどう割り振るか。これが今も昔も変わらず課題であります。

 

 

 

たとえば数値的にはっきりとナットはこの深さ、サドルはこの高さみたいな正解というかセオリーがあればどれだけ楽なことか。

 

実際には色んな要素が絡んでややこしくなってるわけで。たとえばフレットの大きさ、ヘッド角、ネックの状態、弦のゲージなどなど。これまでの実感として弦高と音の張り具合にはピークポイントがあって、それを越えてさらにサドルを下げてしまうと一気に音の張りがなくなることがあります。ピークポイントを探り当てるのが調整作業の肝です。だからいたずらに弾きやすさを求めて弦高を下げ過ぎてしまうのはやめといたほうがいいです。張りのある音像を失くしてしまっては弾く気も失せてしまいます。

 

 

 

 

 

いつも参考にしているこの1940年マーティン3M。12フレットの弦高は2.8ミリと高め。にもかかわらず弦のテンションは緩めです。にもかかわらず音の張り具合の良さは最高。柔らかい弾き心地。押弦もしやすい。ここなんですよ。目指してるのは。柔らかくてしなやかなのに音に張りと艶があるこの感じ。80年の熟成を経たこのオールドマーチンまでのように鳴るのは出来立てほやほやのものでは物理的に無理だとしても方向性として同じベクトルを向いているものを作っていきたいと思って仕上げに臨んでいるわけで。

 

 

 

 

 

オールドマーチンにだって弱点はある。それは音程。やんわりとした全体的なサウンドとしての魅力に満ち満ちていることは間違いありません。ただローからハイまで細かく覗けば音の粒はバラバラです。かなりの上級者じゃないとそれを庇いながらそれを感じさせずに弾くことは難しいと思います。ましてソプラノのように短いスケールはほんとに僅かな弾き方の違いで指数的に出てくる音が変化してしまう。

 

 

オールドマーチンのような甘くて太いサウンドはこれからじっくり弾き込んで育てて欲しい。そんな思いです。楽器って不思議で毎日弾いてると少しずつ音が成長するんです。これほんと。

 

 

 

このクラシックソプラノも無事に完成してほっと一息。製作者として生まれたてのウクレレ本人に「君はウクレレなんだよ」ってことを教えてあげるような感じで毎日育てて欲しいと思ってます。ローからハイまでワンノートずつ音が育っていくと思います。

 

 

 

 

一本出来上がって次の一本の仕上げに入る前に一旦休憩。近所の無人駅で一曲弾いてきました。ここの駅舎、待合室の壁の木が古くていい響き方するんですよ。マーチンの甘い音にこの駅舎に流れてる時間が相まって心地良いんです。

 

 

 

 

ウクレレの良さって何なんでしょうね。僕はね、素朴さだと思ってます。純朴さ。手工家のギターみたいなアームレストとか派手な感じとは違う、かっこつけてないかっこよさというか。「素」のままで美しいこの感じ。で、弾くと凄い太い音が出てくる。お墓まで一緒にいたいくらい好きになっちゃう楽器みたいな。

 

 

 

この駅の近くで30年ずっとたい焼き屋さんしてるおばあちゃんがいまして。ここ来ると必ず買って帰るんです。しっぽからいきます。80歳のマーチンになんか似てる気がする。粋な味わい。そりゃ製作家も始めてまだ10年そこらじゃこの味は出せないよな。まだまだ努力が要りますね。がんばろ。