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じーちゃん

朝、保育園に行く前に工房にやってきた次女。とても剽軽な子です。

 

 

さて、写真は祖父の形見です。僕が二歳になるかならないかのときには亡くなった祖父。Ancestor’sは僕の名前、祖先の祖と書いてハジメと読むことにちなんでるわけですが実はもう一つ由来があります。「祖父」です。1978年の生後数ヶ月のときに会ったようなので僕にとっては姿形から声まで記憶には全くありません。じーちゃんはどんな人でどんな人生だったかを聞いた話の中で何となくイメージして来ました。戦前から長崎で背広の仕立て職人を生業にしていたそうです。

 

 

1978年の夏、癌と闘っていたじーちゃんが遠く九州から汽車を乗り継いで初孫に会いに来てくれたときの日記が実家に残されていました。

 

 

 

先日九州の叔父と話す機会があり、僕のブログの文言や作った楽器を見て祖父の姿を重ねて見ることができると言っておられました。青年だったころの叔父が祖父の仕立てた背広の試着台となっていたこと。全然問題ないと感じてるのにこれじゃダメだといって一から型を作り直していたこと。利益度外視でとにかくお客を大事にしていたこと。色んな祖父の後ろ姿を見てきた叔父の話は僕にとって素敵な糧となりました。

 

 

ウクレレの作り方を誰かに教わった訳じゃないので専ら自身の失敗から反省を繰り返して遠回りしながら学んでるわけですがそれとともに祖父から受け継いだ血がどうも大きく思考に作用しているようです。なんだか時代を超えて作業机に向かうことがハートを熱くさせている気がした今日この頃です。