通せんぼ

うちの娘らは4歳と下がもうじき2歳です。写真の絵は上の娘の3歳のころに描いたものです。子どもを育てるというのは子どもを通して何だか二度目の幼少期を体験しているような感覚を覚えます。このぐらいの時に何を感じていたかな、とか、自分が親だったらほんとはどう言って欲しかったかな、とか。幼少期は幼少期で子どもは子どもなりに多感に考えていたように思います。大人になってしまうと正解と近道ばかり追求する癖がついてますよね。でも幼少期の頃ってそんなことより兎に角一度やって見たい気持ちがまず一番にあったと記憶してます。大人から見て、無駄だとか間違いだとか回り道にしか見えない徒労の繰り返しであっても子どもの目線の世界では沢山の貴重な失敗体験に恵まれていたように思います。そんな失敗体験の中で何かひとつ、親や先生やクラブのコーチに褒められた才能があればそれが遠く大人になって財産になる。だから回り道を先回りして通せんぼするような育て方だけはしないように気をつけてます。自分で失敗に気付いて次の方法を考えての繰り返しが子どもにとって大事だったはず。破茶滅茶なクレヨンの持ち方を見て「そんな持ち方だと上手には描けないよ」とは一切言わず、ただ見守ります。描きおわって見せてくれたら本気で褒めちぎります。たとえ勘違いだらけでも何か一つの才能が遠く花開くことを願ってます。それが一生の財産になることは自分が実体験として今の仕事に繋がっていたことに由来してます。自分の場合、小学校の恩師が図工の課題で放課後に付きっ切りで絵の指導をしてくれたことが美術やその先で木工への興味関心のキッカケになりました。当時これと言って際立ったものはなかった自分に「あなたは構図の取り方が他の子と違う。とても面白い」と褒めてくれた上にもっと面白い絵の描き方を放課後に教えてくれたことは今でも鮮明に覚えていて感謝を忘れたことはありません。先生は自分がかいたものをベースにして、それならばここをこういう風にするともっと面白いよといった形でじっくり付き合ってくれました。たぶん、大人の目からみたら無駄な線だらけだったでしょうけど一切通せんぼはしませんでした。自分も子どもらに何かしらそんな立ち位置で教えて行けたらいいなと思います。失敗するのが目に見えるときには通せんぼしたくなるのが親というもんかもしれませんが、グッと堪えて手出し無用。助けやアドバイスを求めて来たときに手を差し伸べるようにしてます。