職人の手

最近になって製作するウクレレのボディを軽量化することの大切さに気が付き、何度も秤に載せながら表・側・裏板それぞれのバランスを調整して木工を進めて行くようになりました。平板の状態で鉋やサンディングで厚みを落とし込んで行き、計量してそれを持ったときの指先での感覚でさらに落とし込む個所を探します。箱になった後も最終研磨でコンマ1グラム単位でさらに研磨して贅肉を落として完成させています。以前からそのことにはうっすら気が付いてはいましたがギター製作とは根本的に音作りの考え方を異にする楽器であり、至極シンプルな音作りが求められます。ブレイシングがどうのとか秘伝の工法とか緻密な何とかかんとかじゃなくて。至って単純明快に「軽く」作ることで音の出方を操作していきながら作るのがウクレレです。ただし。ここで難しいのが「どこをどこまで落とし込んでいいのか」ということ。軽く作ると言っても軽くしていく方法の模索がウクレレ作りの極意。それで。これは作り手のやり方次第で何通りものバランスのとり方があって正解はないというのがまた難しいところでもあります。ネック厚が20ミリを超えて14フレットジョイントのようにヘッドが遠くなれば軽くし過ぎたボディとはバランスが取れずに弾きにくい。その反対にやたらと剛性の高い箱にしてしまうとかなり太いゲージの弦を張らなくてはいけなくなる。ギターライクなサスティンのよく効いた鈴鳴りを欲するならそうすればいいけど、だったらギターでいいんじゃないかと近頃は考えるようになりました。それを追っていた時期もけっこうあっただけに反省した上でそう思います。

 結局行きつくところ、マーティンウクレレでした。ほんとに凄いと思う。まったく、全く無駄が無い。とことん研究しつくされてああなったのが遠回りを重ねた自分にはよく分かります。ヘッドからボディまで良い音を出す目的一点にポジティブに追求し尽くされている。そこがマーティンウクレレが放つ風格や魅力になっている気がします。奇をてらってカッコつけたところが一切なく。派手なインレイがあるわけでもなく。1909年から10年もの歳月をかけて贅肉を落として行った姿が、一本の音になって存在し続けているその姿が1世紀を経た現在の僕にも同じ職人として心打たれるものとして映り続けている。つまりは100年前のナザレスの職人さんたちの熱い心意気がカッコいいんです。奇しくも僕が生まれる前年にスタイル3は生産を中止しました。そして1978年には全マーティンウクレレの生産を中止。あんまり恥ずかしくて言えなかったけど僕の作ったスタイル4は「その続き」を僕が作るんだなんていう大それた願いを込めたんです。だからスタイル4から始まってます。スタイル6、スタイル7、スタイル9。現モデルはかなりの部分をオートメーションに頼ったメキシコやその他の工場で生産されていますが、やっぱりヴィンテージの良さは職人の手によって感覚的に作られたからこその温もりであり、マーティンの黄金期を作ったんじゃないかと思います。どれだけ色んなものが進歩していっても人間が人間であり続けるためにはやっぱり人間の手で作り上げられたものによって心を動かして豊かに保つことが大事なんじゃないか、だから僕ら小さな工房の職人がいつの時代も必要なんじゃないか。そう思うようになって来ました。豊かな心を持った人は職人の手を必要とするはず。そんな思いでこれからも地道に鍛錬を続けて行こうと思います。

 きちんとバランスをとった上で軽く作られたウクレレは最小限の力で最大限の暖かさを放ちます。僕の製作するウクレレのヘッド角度は11.5度。ナット高は1.8ミリ。ブリッジ高は6.4ミリ。サドルの頂点で7.8から8.0ミリ。この条件で1弦A音のテンションが理想的な張り具合になったのがオルカスのミドルゲージでした。ライトゲージだと2弦3弦のボリュームに少々欠けます。019の1弦、027の2弦というのがとても理想的でした。