アコースティックサウンドとライブサウンド

昨年夏から毎週ライブをし続けてきました。イベントなど含めると延70本ほどになります。今年春からは週2回のライブになり、このまま続ければ年100本近いライブを行っていくことになります。その結果、普通の製作家とは違った観点からウクレレサウンドを追求するようになってきました。私の場合のライブはアンプサウンドです。アンプから出てくる音に魅力がなければお客さんを楽しませることはできません。ウクレレを製作し、ピックアップをマウントしてからが勝負でした。数種類のピックアップを試しては上手くいかず、アンプを変えてみたり…。2台のウクレレに同じピックアップを搭載してアンプからの音の出方の違いを学んだりと、実際のライブで何度も試して半年かかって今のライブサウンドになりました。
その過程で色んなアンプサウンドに関する基礎知識を吸収することが出来ました。プリアンプの重要性、ケーブルの重要性、ハウリングに強いピックアップ、リバーブの使い分け、ディレイやコーラスのかけどころ、ルーパーの使い方。これらの大元となるウクレレ自体の特性がアンプサウンドに大きく関与することは頭では想像出来ていましたが実際にここまで違ってくるとは思いませんでした。また、ライブで使い続けて行くと楽器自体のタフネスさも大切になることを知りました。天気や気温の変化がネックに敏感に影響していくことは製作家として理解していましたが、実際にライブしている状況の中でそれを実感しています。通り一遍のライブを通して得た様々な知識が製作の木工段階に大きく変化をもたらしています。
弾きやすいイコール弦高が低いというのが絶対正しいとは言い切れないことを体感しました。冬場のライブ環境では木が如実に収縮してネックの逆反りを惹き起こします。ナットを深く切り込み過ぎたウクレレは冬場にビビり易い。しかし高いとローポジションが弾き辛い。そこで弦のテンション自体を下げれば良いことに気づきました。高過ぎなのも問題ですが高過ぎない程度のマージンを持たせたナット溝を切っておくことが後々大切であると今は考えています。サドルはというと、私はハウリングに強いアンダーサドルタイプのピックアップを使っているのでサドルにはテンションを必要としています。アンダーサドルタイプはテンションが不十分だとバチバチした「どピエゾ音」になります。
そのため、サドルは弦止めからの角度をなるべく稼げる高さにしたいものと考えています。ジェイクのウクレレのサドルが馬鹿高い理由は恐らくそこにあるんだと思いました。アンダーサドルタイプはサドル溝の底面の状態に左右されます。だからキッチリとトリミングしておかなければならないことを学びました。ダダリオJ71に代表される太い弦。使ったことがなかった頃には何でウクレレにあんなぶっとい弦を張るのか意味が分かりませんでした。しかしテナーをずっと弾いているうちにその暖かな音色の魅力に気づいて行きました。押弦の仕方で音に味付けし易いのも太い弦の魅力だと思います。サスティンが細い弦より短くなりますがそもそもアンプサウンドにおいてはリバーブはエフェクトでコントロールしていくので問題ありません。
それでも大きく深いスタイル9のボディは十分なパワー感と深みのある音色をもっているので生音においても魅力的です。
約一年かけて学んだアンプサウンドを経て、今は再び生音の魅力を追求し始めています。ライブはライブの音として作り込むものであることを理解しました。そして変な言い方ではありますが生音、ライブの音の両方において生音が大切なことも理解しました。つまり土台がしっかりあることはいずれにせよ基本条件だということを自ら体感した1年間でありました。その流れの中で自分が目指す音が何かも徐々に見えてきました。こうもたくさんのウクレレを自分ひとりで製作していると段々と作った本人がサプライズするような個体に出くわします。その良い例がvideo clipにもありますがスタイル7Mでした。
このデモ動画は完成したその日にとりあえず何か弾いて撮っておこうということで思いついた曲を弾いたものです。つまり作った本人もこの個体を初めて弾いたシーンだったということです。動画を見て頂くと、途中で一瞬考え込むように止まる場面があることに気付くかと思います。これは実は私自身がこの個体に驚いたからです。今までに聴いたことのない感触。とにかく弾いていての心地良さにビックリしました。出来立てホヤホヤなはずなのにボリュームのある枯れたサウンド。「…!」という場面です。あまりに気持ち良かったのでその後の曲の展開がぶっ飛んでしまいました。動画としてはアップすべきではない失敗演奏です。しかし自分の記憶としてあのサプライズシーンを留めておきたかったのでそのままアップしました。

今目指しているのはあの音。生まれたてでボリュームのある枯れたサウンド。感動は生音にあり、ボディサイズにに拠らないことをあのシーンが自分自身に教えています。作る側としては毎回あのような感動のあるものを作れるようになるために切磋琢磨する必要があります。